Webエンジニアになって10年が経った。僕はあの時の自分から成長できたのだろうか?

富士山

(え、なんでアイキャッチが富士山なのかって?時には遠くを見る必要もあるでしょう!)

 

この記事はユアマイスター Advent Calendar 2020 11日目の記事です。

表題の件だけど、

  • 僕の社会人人生で今年は10年目であるため、区切りが良い
  • 最近、面接や勉強会で自分の経歴を話す機会が増えた

ことから、ここいらでWebエンジニアとして10年生きてきたあれこれをダンプしてみようと思う。きゃっ、恥ずかしい!

1年目:なんちゃってエンジニア

ひよこ

ヒヨコだった。ぴよぴよ。仕事なんて人生で初めて経験するし、ましてやエンジニア未経験の状態で新卒でエンジニアという職種に就いていたわけであって、何もかもが足りない。周囲は情報系学部卒の同期がうじゃうじゃいるし、ほんと文字通りピヨってた。

 

それでもなぜエンジニアになろうとしたかのくだりを話すと、

  1. 手に職をつけたいと漠然と思っていたから(手堅いというか)
  2. ホームページを作り、皆に見てもらって喜んでもらえたりするのが嬉しかったから
  3. アフィリエイトが流行り始めていて、頑張ればインターネットでビジネスができる世界に大きな可能性を感じたから
  4. 単純にものづくりに没頭する時間が楽しかったから

の4つがあったからだった。

 

2年目:新米エンジニア & 思ってたよりも早かった転職の機会

1年目に引き続きピヨっていた。周囲からの期待と自分の実力のギャップに悩んだ日々だった。期待に答えられない日々が続くのは辛かったなぁ。なんとか早く成長しようにもやることなすことパッとしなく、空回りしている感が満載な毎日だった。

 

そうこうしているうちに、タスクを抱えすぎてパンク。一旦休職して今後どうするかをじっくり考えることにしたのだった。あの時のことは忘れがたい。理由もなく蓼科のほうへ1人登山しに行ったりとか、これからどうしようとか、2年目なりにいろいろ考えたなぁ。結果的にスタートアップへ転職する道を選ぶのだけど、まさか自分がこんなに早く転職しようとは夢にも思わなかったのであった。

 

ちなみになぜ敢えてスタートアップを選んだかというと、率直にやることなすこと全てに未来があると感じたのが大きかったからだ。

 

3年目:「これがスタートアップか。。!」

ガクブル

最初の転職先でWebサービス開発の基礎を学び、その後知り合いヅテで2社目のスタートアップに転職した。その時社員1号として入ったのだけど、マジでカオスだった。病んだ。想像を超えていた。0→1直後のフェーズだったとはいえ、意味不明な働き方をした。

初期スタートアップの洗礼を受けたとでも言うべきか。。ここでまた自分の力が全く足りてないことを実感し、どうすれば良いのか途方に暮れまくった時期だった。でも、結果としてこの時の経験が4年目で活きてくることになる。

 

4年目:「自分がやらねばならぬ」という責任感の芽生え

なにせ人が少ない状況なため、障害が発生しようものなら頼れる人は自分しかいない時もあった。障害対応を1人でやるとか、苦しさの極みでござる。

 

まぁでもやるしかないのでやるわけだが、この頃から

腹くくって戦う覚悟を決められるようになった

と思う。エンジニアとしてのプライドというか、どちらかというと自分に対するプライドが養われた時期だったように思う。

 

いやね、チームで仕事している人はいざという時に頼れる人がいるのだから、ホント有難い環境があると思ったほうが良いと思うよホント(大事なことなので2回言いました)。

 

5~8年目:「経営者」に触れたフリーランス時代

PC&Coffee

3~4年目に経験した修羅場から

「大抵のことは何とかやれる!」

という自信がつき、それが独立欲を掻き立ててフリーランスエンジニアに転向。とはいっても、フリーランスとしての経験と実績は皆無なので、最初はとにかく関わったクライアントからの依頼を何でも引き受けて実績を残すことに力を入れた。そこから徐々に、ある程度良いお金をいただけるようになった。

 

この時関わったクライアントの殆どが数人程度のベンチャー企業で、必然的に経営者の近くでWebサービス開発の仕事をすることが多かったからか、

「根拠のない自信」の大切さ

を身にしみて感じるようになった。いや、経営者からすると「根拠のない自信」ではなく、「○○という未来を創りたい」という情熱を基に勝手に自信ある動きをしていたというべきか。

今振り返ってみたら当時の僕はその辺りの見分けがつかなかったように思うけど、

目の前の事実しか見ないのではなく、未来を見て行動することの大切さ

をその時にうっすら脳裏に刻んだ気がする。

 

経営者ネタはあともう1つあり、関わった企業が成長していくと

経営者の成長速度が、他の社員や役員と比べて尋常じゃないくらい速い

というのを身近に感じた。凄い経営者は

  1. 時間を大切にする
  2. 誰よりも勤勉である
  3. インプットから即アプトプットへ行動を起こせる
  4. 失敗をものともせずむしろ失敗を逆手にチャンスを切り開こうとする

といった行動をとる。正直、人として異次元だと感じた。そういうのを間近で見れる機会があったのは非常に良かった。ともすると経営者ってワガママな人のように見えるけど、いやそもそも1社員の立場しか経験していない人からしたらそりゃ理解できん行動しているように見えるよなと思った。

 

9年目:アンラーニング

フリーランスとして活動するうちにいつの間にかエンジニア採用をお手伝いしたりとかで、気がついたら開発じゃない領域の仕事もやるようになっていた。それはそれで学びが多かったのだけど、ここで僕は

「本当にこのままで良いのだろうか?」

ってふと思うようになった。

 

手広くやると、手持ちスキルにエッジが立たないことを危惧するようになったのだ。それが自分のキャリア戦略なのであれば良かったのだが、そこまで深く考えずに流れるがままにきていたのと、

「30歳を超えてからはもっとキャリアのことをしっかり考えないと。。」

って、自身が採用活動の中で求職者と面接したりする中で感じ取ったのだと思う。

 

これに加えて、今まで仕事やアウトプット面では幸いなことに良い評価をいただけていた自分が、

「今の自分の仕事の進め方 & スキルセットで本当に良いのだっけ?」

と不安になることが増えた。自分はあらゆる企業から見て汎用的というか、基礎力の高い人材に成長できているのかなと。

 

そんな背景があり、仕事の切れ目に差し掛かったタイミングでフリーランスから社員へ戻り、

「今まで現場から学んできたことの大半は一旦置いといて、じっくり自分と向き合い直しながら仕事してみよう」

と思い立った。たぶんこういうのをアンラーニングと呼ぶで合っていると思うのだけど、違ってたら指摘してくださいませ。そんな中で出会ったのが、僕が今いるユアマイスターだった。

 

ユアマイスターには仕事を心から楽しんでいる大人が沢山いて、非常に魅力的に写ったのを覚えている。しかも、まだまだ小さいスタートアップだったのに学生インターン含めた若手を育てるということに対して非常に力を入れる文化があり、

「ああ、良い会社だな」

って率直に思った(ただ、この話は学生インターンでも社員以上の力を持つ逸材がたまにいたというファクトに基づいた背景もある)。普通、企業が小さいうちは優秀な人しか採らないと思う。育てている暇がないというか、そんなことしてたら会社なんてすぐに傾いちゃうと僕も思ってたし。でも、蓋を開けてみたら意外と違ったんだな〜。なかなか衝撃的だった。

 

10年目:即ち今

アンラーニングも一区切りし、改めて

  • この2年で学んだことと
  • それまでの8年で学んだこと

の中から共通するエッセンスをピックアップしようとしている。他方で、自身の課題も見つかった。

社員数50名になるまでに経験した、エンジニアリーダーとしての仕事内容とその変遷

こちら↑の記事にエンジニアリーダーとしての仕事内容を書いたけど、この中でも僕はエンジニアリング組織周りの力がまだまだこれからだと感じている。もっと勉強して実践しなきゃならん。やることは沢山あるぞ。

 

10年で変わったこと | 変わらなかったこと

総括すると、変わったことは下記:

  1. 仕事を進める力
  2. スキルセット
  3. 経営者の見え方
  4. 銭湯に通うようになった
  5. 体重

 

変わらなかったことは下記:

  1. 精神年齢(笑)
  2. 身長
  3. 辛い食べ物が好き
  4. プログラミングする楽しさ

 

いやまぁ、社会人としてはそれなりに変わったと思います。10年前のガチヒヨコがよくぞここまで、、(といっても100点満点じゃないけど)。

 

でもなぁ、、性格というか、精神年齢は変わってないというか、むしろ当時よりもガキンチョになっている気がしてならないw それはそれで良いのかもしれない。普段はバリバリ仕事するけど、時には許す力も大事よ。いやむしろ許す力のほうが大事かもしれない。

 

そんなわけでとりとめもない文章になってしまいましたが、どうやって帰着しようか、、そうだな、下記で締めましょう。

「困ったら銭湯に行くと良いよ、特に水風呂!嘘だと思って一度体験してみてください。煩悩が全て綺麗さっぱり無くなるのでマジおすすめ!」